ドイツ連邦共和国 DeutschlandFreiburg


首都 ベルリン
人口 約8300万人
面積
 
  約35万7000平方キロメートル
  (日本は約37万8000平方キロメートル)
国土の55%が農地、29%が森林(日本は15%が農地、68%が森林)
政権  
  1969年〜82年  「中道左派政権」
社会民主党+自由民主党(ブラント、シュミット内閣)

1982年〜98年  「保守中道政権」
キリスト教民主・社会同盟+自由民主党(コール内閣)

1998年〜 「赤緑政権」
社会民主党+緑の党・90年連合(シュレーダー内閣)

エネルギー  
  70年代の激しい反原発運動から省エネルギーおよび代替エネルギーを求める機運が生まれ、
86年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに市民運動が自治体を巻き込む勢いで自然エネルギーの推進が加速した。
91年の電力買取法で自然エネルギーの電力会社による買取が義務付けられ、2000年の再生可能エネルギー法で、普及のためにさらに高い価格での買取が義務付けられる。
これらの政策により、ドイツの風力発電による発電量はデンマークを抜いて世界一に躍進。
また98年の電力自由化により、安い電気に流れる動きも出たが、グリーン電力を望む市民が全国から電力購入が可能になり、自然エネルギーによる電力会社も成長している。
2002年には、電力業界も脱原発法に合意。
廃棄物  
  面積も人口も日本とさほど変わらないドイツでもごみ問題は深刻である。
しかし、徹底的なリユース、リサイクル政策により、ゴミの量は減りつづけている。
91年の「包装廃棄物回避法」では、メーカーや流通販売会社に対して包装廃棄物の回収と再利用を義務付けた。
そのため設立されたデュアル・システム社(DSD)のコストは、企業が包装材の量と内容により支払っている。
また飲料容器などのリユースやデポジット制度も効果は大きい。
そして「捨てるときに自然の負荷にならないものを選ぶ」「よいものを長く、何度も修理して使う」習慣は教育の賜物である。
環境教育  
  ドイツの環境政策を進めてきた大きな基盤には、80年代初めから国をあげて環境教育に取り組んできたことがある。
1980年の連邦文部大臣会議で環境意識を養うことの重要性が明確に打ち出され、これまでの理科の教科だけでなく、あらゆる科目で環境教育をおこなうことが決定された。
また、勉強だけでなく、学校や幼稚園の生活そのものが環境に根ざしたものであるよう、教師への指導も徹底された。
環境団体が学校のよきアドバイザーになったことも効果が大きい。

フライブルク Freiburg


人口 約20万人
面積  
  約103平方キロメートル(うち3分の1が森)
ドイツ南西部「黒い森」のふもとに位置する中世の趣を残した大学都市。
1972年に隣接した地域に原子力発電所の建設が予定され、町をあげての反対運動で阻止。
これをきっかけに、市民と行政の両者が積極的に環境保護に取り組むようになり、
1992年に「環境首都」(=自然と環境の保全に最も貢献した自治体)の称号を与えられた。
自動車乗り入れを規制する交通政策、自然エネルギーを取り入れたエネルギー政策、
徹底的なごみ対策などユニークな政策は、最先端の環境政策として世界中から注目されている。

シュタウフェン Staufen


人口 約7200人
面積  
  約23平方キロメートル
黒い森のふもとの小さな町。
ゲーテの「ファウスト」の舞台となり、ワイナリーの町としても有名。

引用及び参考資料
「ドイツ環境首都 フライブルクツアー 〜市民の目で見る環境のまちづくり〜」
FoE Japan